お金の話をしよう。二朱銀から渋沢栄一まで。

第8週がアップされました。

先日、すべて書き終え脱稿しました。
残り四話。ぜひ、よろしくお願いいたします!

さて、今回は新紙幣が発表されたことですし、お金の話をしましょうか。

新一万円札の渋沢栄一。
近代日本経済の父といわれていますが、あまり知られてないようですね。
かく言う私も、数年前まで名前は聞いたことあるな~程度でした。

5年ほど前に、知り合いの脚本家さんが渋沢栄一に関する本をだされて、
それで深く知った次第です。

↑ 渋沢栄一の経営教室 Sクラス 香取 俊介(著)
ここに来て急激な追い風が吹いて品薄です。
在庫があったらお買い求めになることをお勧めします。

正直、岩手にも後藤新平という経済の父がいますけどね。
「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり。されど、財なさずんば事業保ち難く、事業なくんば人育ち難し」(https://hirocsakai.hateblo.jp/entry/20100502/nokosumonoより引用)

後藤新平は、東京市長の時。
水道を塩素殺菌して乳児の死亡率を下げ、長寿大国日本の礎を築いた人でもあります。

まあ、岩手は新渡戸稲造で一回やってますから、
今回は、埼玉の方々に譲ることとしましょう(偉そうにスイマセン。

さてさて、江戸の頃はどんなお金事情だったのでしょう。

江戸時代の幕府の役人たち(幕臣)の給料を『禄(ろく)』と言います。
禄米の禄なんですが、当時は給料を米で支払いました。

ん? 米で払われても困るよね。
江戸時代は物々交換じゃないし……

「はい、今月もご苦労様」 幕臣は給料明細の支給手札を受け取る。

幕臣は受け取った手札を御蔵役所(おくらやくしょ)に出して米を受け取る。

その米を米問屋に売って現金化する。

ツラっ! 辛すぎる!!
重たい米を現金化するたびに運ばなくちゃなんないなんて!

これを代行したのが札差(ふださし)という両替商でした。
今でいう銀行ですね。
札差は、禄米を担保に貸し付けもしたそうです。
頭が上がらない旗本もいたでしょうね。
まあ、悪い顔をしてたでしょう(笑。

ちなみに、昔は財務省を大蔵省と呼びましたが、
おそらく御蔵役所の名残だと思います。

こうやってみると、あまり今と変わってない。と思いませんか?

庶民はどうだったか?
江戸庶民は金・銀・銭の三貨のうち、もっぱら寛永通宝か天保通宝を使い、
たまに手に入れた南陵銀(二朱銀)を使うこともあっただろう、と本にあります。
小判などは見たこともない人が多かったでみたいです。

あれ?
小判とか時代劇でよく見ますけどね(笑。

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いけころし ~伊達男捕物帳~

いけころし~伊達男捕物帳~
著:吉田真童
毎週水曜更新

1828年の江戸を舞台に描く捕物帳シリーズ。
臨時廻り同心の万五郎と雲助の久四郎という、生きる世界が全く違う二人が悪人を捕まえる。生かすも人、殺すも人、しかしそれを裁く人間が真の正義を知っているのだろうか? 二人は模索しながら反発し時には協力し、それぞれの正義に従って悪を成敗する。